犬山城までキャンプ旅をしてそのまま帰るつもりでしたが、岐阜城まで車で30分ちょっとしか離れていないことを知り、せっかく愛知県まで来たことだしということで、ちょっと寄り道して岐阜城へ行ってみることにしました。
岐阜公園の駐車場に車を止め、岐阜城跡へと向かいます。岐阜城は金華山の山頂に位置し、古くは稲葉山城と呼ばれた山城で、齋藤道三によって整備されましたが、かの織田信長が稲葉山城の戦いで齋藤氏から奪い、ここを本拠地とする際に地名を「井口」から「岐阜」に改名し、その後「岐阜城」と呼ばれるようになったそうです。
岐阜城は、金華山の山麓に居館があり、山頂に城郭があるという配置になっています。八王子城と同じような形ですね。

岐阜城の城郭部分がある金華山山頂は、標高329mにあります。歩いて登ることも出来ますが時間が無いので(というのは言い訳ですが)、ロープウェイで登りました。

金華山は大部分が「チャート」と呼ばれる放散虫というプランクトンが堆積してできた硬い岩石で出来ていて、2億年以上前に赤道付近の南半球でできたものがプレートの移動で運ばれてきた由。


ロープウェイを降りて、一ノ門跡、伝馬場跡、堀切(切通し)を経て、伝二ノ門・下台所跡に到着。ここからは、岐阜城の天守が良く見えます。

天守へと続く道も険しい石垣に守られています。山頂の天守は威圧感があります。

山上部の石垣と天守。険しい山の上にこれだけのものがあると本当に迫力がありますね。
天守は昭和31年に復興された鉄筋コンクリートの3層4階構造で、内部は資料館になっています。天守からは城の北を流れる長良川と岐阜の街が一望できます。『美濃を制すものは天下を制す』と言われたのも頷けます。

天守内部の資料館には信長の甲冑などが展示されています。西洋風のデザインですね。

天守の周りには、往時を偲ばせる古い石垣が残っています。

山麓部にある居館跡の周囲一帯は岐阜公園として整備されています。こちらは岐阜公園の入り口。

稲葉山城址之図の案内板がありました。

岐阜城を見学した後、近くの川原町に行ってみました。暑かったのでかき氷とお団子を食べて休憩。

もう少し散策したかったのですが、そろそろ帰らないと遅くなってしまうので、岐阜を後にしました。


