9月の3連休を利用して、数少なくなってきた近場のお城の1つ、埼玉県寄居町にある鉢形城跡に行ってきました。

鉢形城は、文明8年(1476年)に長尾景春が築城し、その後上杉家の持城として栄え、室町末期に上杉家の家老であった藤田康邦が、北条氏康の三男氏邦を鉢形城主に迎え入れ、小田原北条氏と提携して北武蔵から上野へかけての拠点としたそうです。
城の北側には荒川、南側には深沢川が流れる要害の地で、豊臣秀吉の小田原攻めの際には上杉景勝、前田利家、真田昌幸ら3万五千の軍勢に包囲され1ヶ月の籠城戦の後、開城となったそうです。
鉢形城跡は比較的きれいに保存されているそうで、土塁や空堀などがたくさん残っています。

鉢形城歴史館の近くにある「外曲輪」跡。向こう側見えるのが土塁です。

土塁の近くに行ってみました。

丁度彼岸花がきれいに咲いていました。本当に彼岸に咲くのですね。

こちらは城の南側を流れる深沢川。深い谷になっていて普通の水堀よりも堅固そう。

深沢川を渡った先にあるエドヒガン。「氏邦桜」と命名されているそうです。

さらに本丸に向かって歩いて「伝御殿曲輪」に到着。


本丸(本曲輪)の北側は荒川に面していて、急な断崖になっています。これだけ急だと敵も攻めてこれませんね。

城の東部が搦手になっていて、「笹曲輪」がありました。

笹曲輪にある復元地形模型。今居るのは写真の右上の角のところ。

石垣も一部残っていました。

本曲輪から西に向かうと「二の曲輪」跡に。きれいに整備されています。

二の曲輪の前には「馬出」も。

さらに二の曲輪の先にある「三の曲輪」。

三の曲輪にある井戸。

さらに荒川に面したところに、もう一つの「馬出」跡が。内側は5段の石積みになっています。


ここが「伝秩父曲輪」。北条氏邦の重臣、秩父孫次郎が守ったとされています。

伝秩父曲輪には庭園もあったそうで、池が復元されています。向こうに見えるのは復元された「石積み土塁」。

三の曲輪にある復元された土塀と門。



門の先にはこれも復元された虎口があります。

虎口の先には諏訪神社。そして大手へと繋がっています。

大手から虎口方向を振り返ったところ。

外曲輪から二の曲輪方向を望む。かつては水堀が広がっていたようです。真ん中の少しこんもりとした所が「弁天社」跡。

ということで、鉢形城跡を一通り回ってきました。金山城や八王子城と比べても、土塁や曲輪の作りなど、北条氏系の城郭には何となく共通点が感じられます。
次はやはり北条氏の拠点であった山中城に行く予定です。
<おまけ>
帰りに遅めの昼食を取るため立ち寄った「道の駅はなぞの」にあった「ベーカリーズキッチン Ohana」。デニッシュや塩パンなど、美味しくて種類も豊富なパン屋さんです。



